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探名貞人シリーズ 鬼人館殺人事件 第十三話

前回までのあらすじ

茨城県某所、深い森の奥にある明治時代に建てられた洋館・貴人館。

館の主である鬼堂 仁(きどう じん)のもとに届けられた奇妙な手紙。

その手紙には「復讐が始まる 鬼がゆく 報いを受けよ」とだけ書かれていた。

かつて白鴉伝説殺人事件の際に出会い、現在は貴人館で使用人として働いている紗木 要元(しゃぎ ようげん)を介して仁からこの手紙の調査を依頼された探偵・探名 貞人(さがな さだひと)は貴人館に向かった。

(中略)

貴人館が建つこの地域に伝わる、家族を殺された復讐の念から鬼となった人間の伝承そのままに、次々と "鬼人" と名乗る犯人に殺されていく鬼堂家とそれに関わる人々。

そして明かされる鬼堂家の凄惨な成り立ち。

貴人館が建てられた本当の理由とは?

果たして貞人はこの見るも無残な連続殺人を起こした "鬼人" の正体を暴くことができるのか?


「…以上が僕が解き明かしたこの事件のトリックです」

最初の犯行が行われた貴人館の客間で、貞人はこの悲惨極まる事件に使われたすべてのトリックについての説明を終えた。

なんてことはない、超常的な力を持つとされる"鬼人"などまやかしであり、この殺人事件はただの人間が仕掛けた見立て殺人に過ぎなかったのだ。

話を終えるや否やスーツの胸ポケットから煙草を取り出しライターで火をつける。

貞人の、この男の癖のようなものである。
頭をひとしきり働かせたあとにはついつい一服したくなるのだ。

ふーっ、と煙を吐き出したところで貞人は周囲の目線に気が付いた。

「あぁ、失礼。館内は禁煙でしたね」

睨みつけるような、とりわけ厳し気な目線を向けている松子に対して謝り、煙草の火を消して携帯式の吸い殻入れに放り込む。

「…えぇ、お気をつけなさって」

松子が疲れたような声で言った。

気丈に振舞おうとはしているものの、夫である仁が殺害されてから松子はすっかり弱っているようだ。

貞人がこの館に来た時のような刺々しい物言いはすっかり鳴りを潜めている。

「それで…探名さん…?」

恐る恐るという感じで隣にいた要元が小声で言う。

それを聴いて貞人はまだ自分にやるべきことがあるのを思い出した。

「いやぁ申し訳ない。僕としたことが一番重要なことを忘れるところでした」

そう言って吸い殻入れをスーツのポケットに突っ込むと、貞人が一つ咳払いをする。

この咳払いもまた、貞人の癖のようなものだ。

「それで犯人は誰なんですか?探名さんのことですから、もうわかっているんでしょう?」

要元が今度は客間の全員に聞こえるような声で言った。

「ええ、わかっていますよ。この事件の真犯人はこの中にいます」

貞夫のその言葉に周囲がざわつく。

「ほんとうか?!探名?そりゃいったい誰なんだ」

盾持刑事が信じられないといった様子で言った。

皆が皆それぞれの隣にいる人物を疑惑のこもった目で見回している。

すぐ隣に立つ要元が生唾を飲み込む音が聞こえた。

貞人が周囲を見渡す。

貞人を除き、客間にいるのは
館の主・仁の妻である鬼堂 松子
その長女の鬼堂 一美
仁の友人・阪田 忍
使用人である紗木 要元
もう一人の使用人の関啓 内子
オカルト雑誌の記者・草尾 鵜三
ロケハンに来ていたTV関係者・恵乃越 慶
偶然居合わせた刑事・盾持 勇
の7人。

全員が半ば疑心暗鬼になっているのだろう、客間の誰もが不安げで緊張した面持ちで黙りこくっている。

もっとも、このうちの一人はそう見えるよう演技をしているということを貞人と真犯人だけが知っている。

「犯人はいったい誰なのですか?お父様を殺したのは一体…」

静寂を破り、一美が言う。

「探偵さん、勿体ぶらずに教えてください」

父と妹を失った悲しみと犯人への怒りとの両方が綯い交ぜになったような表情を浮かべながら貞人を見つめる。

「そうだぜ!鬼堂の嬢ちゃんの言うとおりだ!さっさと教えてくれ!」

「まったくだ、早くしてくれよ!頭のおかしい殺人鬼とこれ以上一緒にいたくねぇよ!」

草尾と恵乃越が喚き散らす。

「…私も知りたいです」

そういったのは内子だ。

「本当に目星はついているのかね?探偵君」

阪田も他の人々に続けてそう言った。

―これ以上この人たちを不安にさせるのも申し訳ない。

そう思った貞人がついに口を開く。

「では言いましょう」

その一言を聞くと全員が黙った。
僅かな息遣いと備え付けの古時計の針の音以外にはほとんど何も聞こえてはこない。

あれほど喚いていた草尾と恵乃越でさえも借りてきた猫のようにおとなしくなっている。

"固唾を飲んで見守る" とは今この客間にいる人々のような状況のことを言うのだろう。

「このあまりにも惨い殺人事件の真犯人…それは…」

皆の心音さえも聞こえてきそうな深い深い沈黙の中で貞人は続ける。

「あなたです」

貞人はそう言ってある人物を指さした。
ただ一人、真犯人を除く全員の視線がその指の先にいる人物に注がれた。

「そんな…この人が?」

思わずそう漏らしたのは松子だった。
心底信じられないという様子である。

しかし貞人はそれを意にも介さずに続ける。

「真犯人は貴方です、阪田 忍さん。…それとも "鬼人" と呼んだほうがよろしいですか?」

阪田の目が驚いたようにぎょろっと開く。

「バカな…!どうして私が仁を殺さなきゃならない!」

阪田が少し頬をぴくつかせながら反論する。

「出鱈目を言うと承知しないぞ!こんなこと冗談では済まない!」

今にも貞人に掴みかからんばかりの剣幕だが、そんな阪田を前にしても貞人は冷静そのものだった。

「出鱈目なんかじゃありませんよ、阪田さん。確たる証拠があるんです」

貞人がそう言うと、ほんの一瞬阪田の顔が固まった。

他の者たちは探名と阪田のやり取りを心配そうに見守っている。

「…証拠だと?そんなものどこにあるというんだ!?あるというなら――」

「わかりました。証拠についてお話します」

阪田の言葉を遮ると貞人が言った。

明らかな焦燥を見せる阪田に証拠という名の引導を渡すときが来たようだ、貞人はそう思っていた。

「確かな証拠…それは貴方の名前です」

「な、名前?」

阪田も信じられないといった様子である。
その額からツーっと、一筋の汗が流れた。

動揺からか、目が泳いでいる。

「…そうか!名前!現場にダイイングメッセージが残されていたんですね!」

要元が要領を得たとばかりに大声で言った。

「いいや、そうじゃありません。もっと単純なことですよ」

「え?」

「彼の名前そのものが証拠です」

それを聞いても、要元は意味が分からないといった様子である。

「"阪田 忍" という名前、なにか気が付きませんか?」

「いえ、なにも…」

貞人がスーツの内ポケットからおもむろにメモ帳を取り出すとペンで何かを書き込み、ページを破り取るとそれを要元に渡した。

『阪田 忍』
貞人が破いたメモ帳のページには、やや癖のある字でそう書かれている。

メモを怪訝そうに見つめる要元の周りに皆が集まる。

「"阪田 忍" を並び変えたうえで一部の漢字の読みを変えてみてください」

「あ…?えーと、 "阪" と "田" と "忍" を並び替えて…読みを………これは!」

盾持刑事が、それに続いて他の者たちがハッと声を上げた。

「気が付きましたか?そうです。 "阪田 忍" を並び変え、一部漢字の読みを変えると "阪(はん)忍(にん)田(だ)" つまり "犯人だ" となるんです!」

決定的証拠を突き付けられ八方塞がりというべき状況となった阪田がその場にへたり込む。

しばらく黙り込んだ後に観念したのか自らが犯行に至った動機を話し始めた。

「許せなかったんだ、私の大切なものを奪っていったあいつのことが…」

"大切なものを奪われた"
そのときのことを思い出しているのだろう、阪田は涙ながらに語る。

「だから私は誓ったんだ…今度は私があいつの大切なものを奪ってやると」

「ですが貴方が復讐に燃える "鬼人" として犯行を行う中でそれを鬼堂氏に感づかれた、だから本来は最後の標的となるはずだった彼を3番目に殺害したんですね?」

阪田が力なく頷く。

「おかしいと思いました。鬼堂氏が犠牲となったときだけは酷くトリックに粗が見えましたから」

「…それでも完璧に誤魔化したつもりだったんだがね」

今度は自嘲気味に笑って見せる阪田だが、相変わらずその頬には涙が伝っている。

「人間が考えて実行することには完璧なんてありはしませんよ。たとえそれが復讐の鬼となった人間の考えであったとしても」

それを聞いた阪田が再び頷いた。

「署までご同行願えますね?」

盾持刑事は聞くと阪田の手を取り立ち上がらせる。

これにて事件は終わりかと思われたが、まだ一つだけ解き明かされていない謎がある。

「あぁ、最後に一つだけ。まだ聞いていないことがありました…貴方が鬼堂氏に奪われた大切なものとは何なのですか?」

手錠をかけられて盾持刑事に連れられ客間を出て行く阪田に対して問いかける。

その場で足を止め、しばらくの沈黙の後に阪田が口を開いた。

対魔忍アサギ PREMIUM BOXだよ…鬼堂に借りパクされてしまってね」

「あのサントラ付きの?」

「そう、それだよ。とはいえ私にはもう関係のないものだ、刑務所の牢屋の中にエロゲーのできるパソコンはないだろうからね…」

阪田は言い終えると盾持刑事に伴われ、再び歩き出した。
その場の全員がそのうしろ姿をただただ静かに見送るのだった。

鬼人館殺人事件 完

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